IGPI’s Talk

#22沢田 渉×玉木 彰 対談

VUCA時代に求められる有事対応力 ~トップが持つべき「健全な危機感」とは

現在、自社の存続に関わる「有事」を経験してこなかった層が企業経営の中枢を担うようになっています。そうした企業は常に有事と隣り合わせのVUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)時代をどう生き抜けばよいのでしょうか。IGPIシニア・エグゼクティブ・フェローに就任した元三井住友銀行専務執行役員の沢田渉氏と、IGPI玉木彰が、これまで多数支援してきた事業再生の経験を踏まえて対談しました。

平時に「健全な危機感」を持てる企業とは?

玉木 有事対応力をつけるために平時から危機感を持つ必要がありますが、実は何をもって有事と捉えるかが重要です。深刻な状況になってから慌てて対応しても手遅れになります。前職の三井住友銀行時代から危機管理や再生支援に携ってきた沢田さんは、どのように有事を認識していますか。

沢田 企業破綻には一定のパターンがあります。まず事業業績が悪化し、損益改善に努めるけれど、含み損や資本毀損などで財務面が悪化。信用劣化・収縮で資金繰りが困難になり、そこで立て直せなければつぶれる。その最終局面に至るまでの過程もすでに有事だと捉えています。

 たとえば、ある事業会社は、まず創業以来の営業赤字となり、損益改善のために、人件費などコスト削減に注力しました。ただ、それは弥縫策にすぎず、営業利益が回復しないまま、赤字を補填する資金などにより、有利子負債が増えて財務状況が劣化した。そこで、傘下の事業や不動産を売却して損失をカバーしようとするも、足らず。最終的には株主にも負担を求めて、金融機関にも債務免除をしてもらい、ようやく財務改善と、資金繰りの正常化にこぎつけました。経済環境、製品寿命、競争力の減退、自社の経営力の減衰など、いろいろなことが絡み合って有事に至ったのですが、早期の段階でそれらの顕在化を窺わせるヒントがちゃんとあった。それを見落としていたのです。

玉木 そこで今日のキーワード「健全な危機感」が必要になるわけですね。

沢田 そうです。このVUCAの時代においては常に緊張感を持っていないと、突然景色が変わって、有事のとば口に立たされ、ただ狼狽えるだけになりかねません。いち早く問題に気づいて、潜在的な有事の芽を積むために、トップは常に思考訓練をしながら、最悪の状況をシミュレーションし、時には社内に自身の課題認識・危機感の発信を行い、組織としてのマインド(常在戦場)を上げることが重要です。ボトムアップでは全社的なマインドチェンジは無理ということなのですが、玉木さんが担当されている企業で、ボトムアップで有事対応をして、企業変革まで至ったことはありますか。

玉木 私の経験した中ではありません。志士のような現場の人たちが現状に危機感を持って声を上げたり、我々に相談してくることはあるのですが、トップが危機意識を持たなければ何も動きません。トップがアンテナを高く持ってコミットするためには、思考訓練に加えて、会社の状況が常に分かるように可視化できていることが大切です。特に、儲かっているときでも、今の業績の背景を理解できているかが問われます。

沢田 おっしゃるとおりですね。直近の業績が絶好調だったときに、それはなぜなのかという見極めが甘いことが往々にしてあります。例えば、「顧客志向での事業運営が浸透した成果」だといった抽象的・情緒的で、論理性を欠いた答えで満足してしまうのは、経営者として無責任な態度だと私は考えます。事業戦略のどの施策が、どこにどう波及して、このPLの結果を出したのか。その検証をしっかりとやっておかないと、再現性もありません。

玉木 調子が良いほど、結果に満足してしまい、それがこの先も継続していくと考えがちです。そうなると、自然と「見たくないもの」が生まれて、目を曇らせます。厳しく自らを律せるかどうかが問われますね。

平時に「健全な危機感」を持てる企業とは?

玉木 変化が激しいVUCAの時代は、企業変革を組織のスキルとして組み込む必要があります。企業変革のモメンタムをどのように生み出すべきでしょうか。

沢田 企業変革のモメンタムは大雑把に言えば、トップダウンか、ボトムアップか、外的要因か、この3つのいずれかによって生まれるのではないでしょうか。ただし現実には、それなりに事業がうまく運営されている中で、問題の芽を見抜き、課題として認識していた人が、トップになった途端に、例えば、既存のやり方を否定し、一気に変革するような、ある種の「蛮勇」を振るうのは難しいと思います。一方で、 現状に強い課題認識・危機感を持つ「青年将校」が下から提言しても、上が耳を傾けないと挫折するでしょう。

玉木 そうなると、外的要因が主なきっかけになりますよね。

沢田 1つは、機関投資家含めて株主や規制当局などから変革を求められるパターン。もう1つは、倒産しかけて、ようやく変革するパターンですが、既存カルチャーに浸った人たちだけで変革するのは難しい。例えば、日立は傾きかけて川村隆さんを呼び戻し、故中西宏明さんがそれを継承して変革し、見事にV字回復を果たしました。もっと前で言うと、経営危機に陥ったJALは、稲盛和夫さんを連れてきて抜本的に変革しました。

玉木 やはりどこまで行っても、トップの見識と胆力が求められますね。

沢田 まさにその通りです。これは育てるというよりも、育つもので、経験知も必要です。

玉木 コンサルティングをしていると、よく他社はどうやっているのかと聞かれますが、それはおそらく経験がないからですよね。ベストプラクティスなどを知識として学んで知ったつもりになっていても、対応力は生まれません。危機に直面した経験があって初めて、組織に危機感が根付き、舵を取るトップも有事の可能性を前提に運営するようになるのだと感じます。

沢田 平時からずっと考えていれば、お客様の不評など、いろいろ情報が入ったときに、これは終わりの始まりではないかという感度が働きますが、それに気づけないし、リスクマネジメントもしない。さらに、現状のビジネスはうまくいっているから、リスクを取って新しいことにチャレンジもしない。これは三枝匡さんのおっしゃる「自然死的衰退への緩慢なプロセス」で、企業として一番まずいことです。

玉木 持続的に企業を運営していくためには、普段から有事へのプロセスに陥っていないか、トップは常に振り返って、いち早く気づく。それが何よりも重要ということですね。そして、気づいたら、スピード感をもって一気呵成に動く。

沢田 その通りで、再生はスピードが重要です。一気呵成に行えば、取引先や債権者などステークホルダーにも覚悟が示せます。しかし、だいたいは後手に回り、傷が深まります。私は前職で、コンプライアンスや危機管理といった「殿(しんがり)」の責任者も務めていました。再生と同様に、不祥事の危機管理も、いかに早く対応するかがポイントですが、危機管理で失敗する会社は、言われてから記者会見を開くことが多いのです。プロアクティブに対応するには、フラットかつスピーディに現場からの情報がトップに上がって来るようにしておかないといけません。ただし、忖度が絡んだ情報が上がってくることが多いので、トップは健全な猜疑心を持って報告を聴くべきです。

 再生においてもう1つ重要なのは、ステークホルダーをどう巻き込むかです。融資先が苦境に陥ると、場合によって、金融機関は債権放棄や新たな資金提供などでの再建支援を余儀なくされます。一方で、従業員は解雇や給料の大幅削減、取引先は、取引条件の変更というように、誰もが一時的に不利益を被ります。だから、再生を垂範するトップに必要なスキルは、ストーリーテリングだと思います。経営の現状を詳らかに見える化した上で共有し、これからどういう課題があり、それをどう克服し次につなげるかを各ステークホルダーに説明し、納得させて同じ船に乗ってもらうのです。

玉木 危機に陥る企業の経営者はだいたい感覚経営で、数字で語れません。だから、窮境の真因を把握することが出来ず、有効な打ち手が講じられず、状況は更に悪化していく。我々が入って初めて現状を認識することも多い気がします。ただ、良い時代を経験してきた企業は、明らかに悪い数字を実際に見ても、それはあくまで外部環境による一過性のものであり、内部に問題があるとは考えない傾向にあります。

沢田 その意味では、トップには会計や財務などCFO的なスキルも不可欠だと思います。あるいは、自分にそのスキルがなくても、経営システムにおけるCFOの重要性を理解してリスペクトし、(報酬面や社内的な地位も含めて)支援する。管理会計を経営システムの真ん中に置くといったことも、どれだけの企業ができているでしょうか。

 今は、景気循環サイクル頼みでは通用しない時代になっています。たとえば、リーマンショックは信用劣化の予兆が顕在化してから信用収縮に至るまでに相応の時間を要しましたが、直近のシリコンバレーバンクの破綻は、あっという間に欧州金融にまで波及しました。これは、評判や風評がSNS経由で恐ろしいスピードでかつ倍加されて伝わる環境になったこと。加えて、ネットバンキングの普及により、預金流出のスピードも一気に変わったことも要因と指摘する向きもあります。こうした社会的・経済的インフラの質の変化なども前提に、世の中を見ないといけない時代になりました。DX(デジタルトランスフォーメーション)、サイバーセキュリティ、地政学的問題、カーボンニュートラル、SDGs(持続可能な開発目標)などは、直接か間接かを問わず、事業環境や企業経営に対し、破壊的な影響を及ぼす可能性があるし、その影響度も加速しています。

玉木 しかも、そうした変化は不可逆的です。業界の構造転換や変節点を見落としてしまうと、あっという間に取り残されて、有事になってしまう。ご指摘のとおり、破壊的影響を及ぼす変数が加速度的に増えてきているなか、対症療法では間に合わず、予防医療にどう切り替えていくかが重要だと思います。

再興を担う人材育成が急務

玉木 いわゆる「失われた30年」から、日本社会・経済を再興させるには何が必要でしょうか。

沢田 一言でまとめるのは困難ですが、敢えて社会活動や経済運営の重要な担い手である企業にフォーカスし、かつ、乱暴を承知で断じると、1980~1990年代の喧騒の時代に比して、微音的であった時代に過ごしてきたトップが、正常性バイアスに陥ることなく、健全なる危機感や疑念を持ち、常に正しく自社の状況を見極めようとする努力が必要ではないでしょうか。

 企業も生き物ですので、自分や周囲の環境に敏感であって、その変化にビビッドに対応していく感性も持たないといけません。組織はややもすれば官僚化し、「攻め」の戦闘力・リスクテイク力は減退、「守り」のセンス・リスク感度は鈍磨、ということに陥りがちです。排すべきは、悪しき官僚化です。サイロ化して自分の部署しか見ない。リスク回避的で各局面で担当部署がリスクをとらない。オーナーシップが欠如し、他社の有事を目にしても、対岸の火事だと思ってしまう。そして、ハンズオフ。これはハンズオンの逆で、自ら乗り込んで手を染めない、ということです。

 なぜそうなるかというと、日本はトータルで見ると30~40年近く、経済的に大きな問題がなく、組織もうまく運営できてきたからではないでしょうか。優秀で、勉強もして、それなりに職場経験はあるものの、生きるか死ぬかの問題に直面してこなかった人たちが今、日本企業の中核になって官僚組織の真ん中にいる。その結果、悪しき官僚化が固定し、それを崩すモメンタムがないまま、変化と不確実性の高い有事の時代に対峙するのであれば、本当に恐ろしい状況ではないかと、懸念しています。

玉木 私たちの世代を見ても思いますが、この現状には連続性や継続性があるという前提に立って、非連続な変化を極度に恐れています。そして、それが文化として染みついてしまっているのかもしれません。リスクテイクし、オーナーシップを持ち、ハンズオンで、サイロ化ではなく全体横断的という文化がないのは本来とても恐ろしいことです。

沢田 それは、そうした文化を作り上げたか、座視して変革を怠ってきたトップの問題です。僭越ながら、私が今までお会いした立派な経営者は、人生観、死生観、美意識の3つを備えていらっしゃったように感じます。次の世代のためにどのように自分の身命を賭すのかという人生観。お天道様に恥ずかしい、かっこ悪いことをしないという美意識。明日死ぬかもしれない中で、何を真ん中の価値において生きていくかという死生観。この3つの価値観に加えて、高い視座、広い視野、多様な視点という、3つの「視」もトップに必要な要素ではないか。これまで経験した事例を振り返ると、そんなことを感じます。

玉木 我々IGPIは、再生領域において唯一無二と言える強みを持っていると自負しています。1点目は、「リアリティの追及」です。我々自らがオペレーション現場に入り込み、リアリティのある再生プランを策定します。その際、改革に聖域を設けることなく、未来に向けては、痛みを伴う不連続な施策も遂行します。2点目は、「成果追及でのハンズオン支援」です。プランニングに留まるのではなく、現場も巻き込み改革を主導し、リアルな業績改善までハンズオンで伴走します。そして3点目が「恒久的コミット前提の経営承継と経営人材投入」です。アドバイザリーの域を超え、期限の定めのない自己勘定投資や経営人材の派遣などを通じ、リスク共有での再生支援を行うことができます。そうした中で、業界再編を仕掛けるなど、攻めに転ずることも求められると思っています。

 沢田さんはIGPIにどのような期待をお持ちでしょうか。

沢田 IGPIに参加して感じているのは、比較的に中長期的目線で、地に足がつき、口舌の徒ではなく実践的でハンズオンであること。顧客企業の課題解決に向けて、最後までドライビングシート(運転席)に居続けることも気に入っています。

 その上で期待することは2つあります。1つめは総論的ですが、荒波を乗り切らないといけない企業に寄り添って、経営改善やターンアラウンドも含めて、企業価値の維持拡充を支援する唯一無二の存在であり続けてほしい。

 2つめは、一番期待することで、次世代を育てること。この永年、有事の修羅場を経験してレッスンを受けてこなかったので、有事に向けての人財育成はオールジャパンレベルの大きな課題です。IGPIには、多種多様なスキルや経験を持った人が集まっているので、社会や企業の再興支援に向けて、業界横断的にバイネームで声がかかる超一流の職業人を育成してほしいと思います。

玉木 人間は経験していないことについて説得力を持って語ることはできません。その点で、IGPIには修羅場経験を積める場があります。それをどれだけ積み上げて、多くの引き出しを自分の中で持てるか。それが有事の時代には重要になると思います。 私自身、今日は覚悟を新たにする日になりました。所謂常識や前提を疑い、壊して作り直す胆力を持っていきたいと思います。そして、覚悟を持った次世代の育成にも一層力を注ぎたいと思います。今日はありがとうございました。

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