IGPI’s Talk

#21桐山 晋 X下川 政人 対談

100年先を見据え、神戸屋が仕掛ける製パンIX(産業変革)

人口減少による国内市場の縮小、原材料費の上昇、調達や物流面の課題など、製パン業界は多くの困難に直面しています。その中でCX(企業変革:Corporate Transformation)を着実に進め、IX(産業変革: Industrial Transformation )にも踏み出したのが、株式会社神戸屋です。新しい組織でどのような未来を創ろうとしているのか、同社の桐山晋社長とIGPIの下川政人が対談しました。

失われた野心を取り戻すための挑戦

下川 桐山さんは1918年から続く超老舗企業の創業家出身の社長ですが、他社で働いたり、海外留学の経験もあります。多様な視点をお持ちですが、神戸屋についてどのような捉え方をしていらっしゃるのでしょうか。

桐山 「堅実さ」と「野心」という相克する要素を持った会社というのが、私の神戸屋に対する印象です。野心を大きく表に出すことはないのですが、100年の歴史を振り返ると、製パン大手初の包装パン販売と機械化、無漂白小麦の導入、外食事業への参入など、人が手を付けていない領域に果敢に足を踏み入れてきました。

 しかし時代とともに市場が成熟し、競争に勝ち続けるために生産性と安定供給などを優先するうちに、堅実さが目立つようになったのです。そこで、IGPIさんに支援いただき、企業変革(CX)を進めていた2018年に、私は海外留学から戻って経営企画チームに加わりました。

下川 製パン業界は今、成熟産業となって、供給過多に陥っています。ご相談を受けたときの神戸屋は、強い立場にあるスーパーや物流、消費者の狭間で守りに入り、堅実さが色濃く出ていたように、私たちも感じました。

 最初の3年間は構造改革でスリム化を進めましたが、その最中にコロナ禍に見舞われました。今後の展開について桐山さんたち一緒に議論し、CX第2フェーズの計画を策定しましたが、そのときは、何を変えて、何を守りたいとお考えだったのでしょうか。

桐山 私たちはもともと「明日の食文化を拓く」という企業使命の下、パン食文化を広めて日本社会を豊かにしようと事業展開を進めてきました。その手段として、包装パンを製造してスーパーやコンビニに卸すホールセール事業、冷凍生地を製造販売するフローズン事業、ベーカリーレストランを含む直営事業へと多角化したのです。ところが、いつのまにか手段である事業が目的化し、今の事業をどう維持するか、損益ばかりに注力するようになっていました。特に、ホールセール事業はシェアの取り合いに集中せざるを得ない市場環境に身を置いています。CXにおいては、原点回帰で「豊かな文化を創造すること」を大事にしたいと思いました。

合理と情理の葛藤を乗り越えた決断

下川 そうは言っても、神戸屋には大手で初めて包装パンを手掛けて成功した原体験があり、売上構成比の多くを占める祖業のホールセール事業を譲渡することは大きな意思決定だと思います。特に、構造改革を経て今後10年や20年は存続できる状態でしたから、迷いもあったはずです。物事を決めるときに、合理的に事業の先行きを考える部分では、我々もお手伝いしやすいのですが、背負ってきた歴史や人間関係など情理的な側面との葛藤が生じます。それをどう乗り越えて、決断に踏み切れたのでしょうか。

桐山 ものをつくって売るのではなく、文化を創造し、より良い社会をつくるためにはどういう事業ポートフォリオがよいのか、その上で、どうすれば各事業と神戸屋が今後100年にわたって世の中で存在意義を保ち続けられるかを考え抜きました。ホールセール事業は産業として確立し、プレイヤーは多く、設備面など諸条件を考えると、当社が単独で優位性を出してリードするのは難しいでしょう。今をやりすごせばいいのではなく、中長期の視点で俯瞰的に考えて、計画で描いたあるべき姿をとにかく信じることにしました。

 その一方で、大事にしなくてはならないのが、一緒に働いてきた仲間です。事業を手放すとしても、雇用を維持し、新しい場に未来を感じてもらいながら、これまでの取り組みを否定されないような道筋をつけることに相当時間を割きました。

下川 世の中ではCXに取り組む企業が増えていますが、これほど抜本的に変えた話はあまり聞きません。なぜ神戸屋にはできるのか。他社との違いはどこにあるのでしょうか。

桐山 ベンチャー企業や上場企業と違って、私たちのような非上場オーナー企業で足かせとなるのは、客観視する機会がどんどん失われてしまうことです。創業家の一員として自分なりに客観的に分析しても、それを社内では確認しにくい場合があります。また、創業者がどんな思いでこの事業を始めたのかという根本部分を踏まえつつ、思い切った判断をするのは、同族以外の方には難しさがあると思います。私の場合、IGPIの方と議論することで、自分の考えが間違っていないと確認したり、改めて納得できたりしました。同じ悩みを抱える方は、本質を見失わずに、客観視や抽象化して物事を考えることを忘れてはいけないと思います。

 スキルやナレッジ、素晴らしい戦略立案、合理性を優先した計画策定にすぐれた戦略系コンサルはたくさん存在します。IGPIさんはそういう提案もしてくださるのですが、その奥にある本質的な部分にも寄り添っていただいていることを節々で感じます。「当事者・最高責任者の頭で考える」という行動指針を1人1人の担当者が体現して動かれている。だから、一緒に取り組めたのだと思います。

下川 そう言っていただけるとありがたいですし、やりがいを感じます。よく社長は孤独だと言われますが、非上場のオーナー企業はとりわけ、最後はどうしても一族の方が腹を括って決断しなければなりません。社内で気軽に相談できない部分、客観視しづらい部分について伴走型の支援はうまくフィットしたのだと思います。

若者が夢を持って働ける業界にする

下川 桐山さんは2021年に現会長から社長のバトンを受け取りました。パン業界全体でも断トツに若い社長ですが、組織や役職を変えるなど、新しい神戸屋へと動き出されています。たとえば、「さん付け」で呼ぶ文化に変えましたよね。

桐山 日本企業の典型で、これまで社内では役職で呼んでいましたが、階層に関係なくコミュニケーションをもっと円滑にしたいと思ったのです。上意下達を尊重する文化から解放されなければ、シナジーの創出や本来あるべき健全なディスカッションは生まれません。

 私は若い社長として、経験値と知識量がないのは明確です。本質を見失わないことを前提にしつつも、やるべきことは行動だと思っています。これまで先輩たちがこの業界を構築して発展させてきたのは、やはり将来の夢があったからだと思います。それに対して今、この業界に所属する若者の将来展望は、かなりネガティブな要素が多いように感じます。

 原材料の確保や物流の問題、労働人口の減少など産業的なリスクがある中でも、夢を語れる事業を展開したり、業界内のつながりをつくって羅針盤のような役割を果たしたいと思っています。これまでは特にコロナ禍もあって、私自身は控えめにしてきましたが、今後は若手を代表して対外的な活動に力を入れていくつもりです。

下川 勝算やビジョンの下で進めているCXであっても、従業員は不安を感じているかもしれません。そこは社長のおっしゃるように、この先の姿に対する希望の光があることは重要です。実際に、どのような展望をお持ちでしょうか。

桐山 日本の製パン業界は成熟産業であるがゆえに発展性はないと思われがちですが、そうした限界はまったくないと私は考えています。パンの販路や業態が多様化し、美味しいパンは提供できているとしても、パンを通じてライフスタイルや生活を変える域には達していないからです。朝食や夕食以外にも、様々な食のシーンや生活に入り込める余地があります。

 たとえば我々の直営店を、単においしいパンや食事を楽しむ場所として位置付けるのではなく「日常の豊かさを実感できる場所」として認識してもらうため、特別な時間を感じられる空間や新しい体験づくりに注力することを考えています。現在私たちのレストランはパンと食事が主体ですが、パンを脇役に位置づけ、お酒のあてとして提供することで大人の欲求に応える業態に挑戦することも考えられます。ベーカリーについても、これまで以上に空間づくりを強化することで新しい体験を提供できるかもしれません。いずれにせよ、お客様の生活がどう豊かになるかという視点を根幹に、時代に合った形で提供していくことが重要だと思っています。

 もう1つ忘れてはならないのが、フローズン事業の存在です。パンは焼き上げた瞬間が美味しさのピークで、その後は急速に劣化していきます。そこでお客様に一番美味しい状態で届けるために必要になるのが冷凍技術です。これを起点に物流や提供の仕方を考えると、スーパーで調達したパンを次の日に食べる生活から、冷凍庫にストックしたパンを焼き立ての状態で食べることが当たり前になります。今は非常識と思われていることを新しい当たり前にする取り組みを、各事業や販路で展開したいと思っています。

日本全体を巻き込んで業界全体を強くする

下川 会社の在り方を再定義し、ただパンを提供するのではなく、そこに食のシーン、文化、気持ちまでも乗せていく。そうしたビジョンを起点に、どのように店や技術を使っていくかという考え方をされていますね。

 その具体例として個人的に注目しているのが、サブスクリプション型の「毎月PANDA!」というサービスです。毎月、家に冷凍パンが届くのですが、それをつくっているのは日本各地のパン屋さんで、神戸屋ではありません。神戸屋はプラットフォーマーとしておいしいパンを届ける仲介をして、受け取った人の食文化を豊かにして、日本各地をつなぐ役割を担っている。従来のアプローチとの違いが象徴的に示されていると感じます。

桐山 それは、食文化の発展には神戸屋の成長だけでなく、業界全体の発展が必要と考えているからです。私たちは製パンメーカーとしての顔を持つ一方、職人製パンによるベーカリーを展開しています。そのため、各地で活躍する職人のスキルや魅力が業界にとって必要であることを理解しています。しかし、その魅力が多くの人に伝わらず、仮に人口減や原価高騰などの外的要因でそのビジネスが淘汰されていくことがあれば、我々の業界にとっては損失です。ちなみに、パン食文化の歴史が長いフランスでさえ、いまだに量産型の製パンと職人の手作りパンは融合していません。言い換えると、どれだけ合理化が進んだ世の中でも、職人の手作りパンはなくならないということです。ですから、こうした職人製パンの魅力をより広範囲の方に届けるという観点での事業展開も必要だと思っています。

 加えて、製パンメーカーだからできる神戸屋の役割もあると思っています。「毎月PANDA!」に加盟いただいたベーカリーさんには、必要に応じてメーカーレベルの品質管理基準、工程、材料の調達のサポートなども行っています。

下川 自分だけ良くても、業界全体が良くなければ発展しないし、それぞれの地域にも元気になってもらわないといけないという考え方には、私も非常に共感します。人口が減る中では生産性を改善しないと成り立ちません。神戸屋の基準やクオリティの管理、材料供給のシェアなど、神戸屋がプラットフォーマーとなって支えるのは良い考えだと思います。

 一方で神戸屋は職人に強みがあります。これまで工場生産をする中でも、作り方や原材料、方針について頑固親父のようにこだわり、職人が1個1個手作りすることを大切にしてきましたよね。また、神戸屋の職人は各国の地域予選を経て開催されるベーカリーワールドカップの日本代表に毎回選ばれてきました。そういう人材を育てていくのも大事なことです。

桐山 組織変革の中で、パンの研究開発をしっかりできる場所をつくるために、関東と関西にブレッドラブという研究施設を設けました。専門性を高めて、日本の既存のパン屋のさらに上を行くことを目指したいと思っているからです。ブレッドラブでは全店舗の技術者や営業マンを集めて研修をしたり、ワールドカップの出場者に技術指導をしてもらったりしています。全社的にパンに対する理解度を高めながら、企業文化の発信やブランディングにも役立てたいと思っています。

 私は今回、改めて神戸屋の歴史を振り返ってみたのですが、「明日の食文化を拓く」という企業使命の下、自分たちの事業構造を常に変化させてきました。今回のウクライナ問題のような地政学リスクにより、特に海外依存度の高い小麦の需給バランスは読みにくく、サプライチェーンがどう崩れるかわからないのが今の時代です。今後も事業構造改革は繰り返さないといけないので、外部変化に柔軟に対応できるマインドや体制を整えておきたいと思います。

下川 おっしゃるとおりで、CXは1回で終わるものではありません。時代の流れや市場ニーズに合わせて、その都度、守ることは守り、変えるところは変える。常にそういう心の準備をしておくことが大切です。そのために、私たちもしっかり伴走していければと思っています。

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