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日本発インパクト・スタートアップが挑むアジアの課題解決

IGPIは東南アジアで一次産業における社会課題に挑む日本のスタートアップと現地企業との協業を支援してきました。衛星データとAI(人工知能)を活用し途上国で農業の脱炭素化を進めるサグリの坂本和樹さんとIGPIシンガポールの埜口忠祐が、スタートアップの海外進出について対談しました。

スタートアップのグローバル進出タイミング

埜口 IGPIシンガポールは日本の政府機関とも連携しながら、日本のスタートアップの海外展開を支援していますが、最近では早い段階から海外を目指すスタートアップが増えている感覚があります。

坂本 市場選定として、アメリカや中国など大きな市場を目指すスタートアップは増えている印象がありますが、新興国への進出は多くはないという印象も持っています。また、進出のタイミングとしても、メルカリやスマートニュースのように、日本で事業基盤ができてから海外進出するところが多いと思います。

埜口 進出のタイミングについて、早期かレイターステージか、どちらが成功しやすいと思いますか。

坂本 早期で海外に行くほうが難易度は高いけれど、うまくいったときのグローバル展開は速いと思います。サグリは2018年に創業し、翌19年にはインド法人を設置しました。グローバルの共通課題を早く見つけて、それに合わせたプロダクトをつくっています。日本でプロダクトを完成させてから海外に行くと、各国で全然顧客ニーズが違ったりするので、改善するフェーズを踏む必要が出てきます。

埜口 そもそもサグリはなぜ早い段階から海外を目指したのでしょうか。

坂本 弊社は収益規模の拡大は勿論ですが、インパクト・スタートアップとして社会課題解決も目的にしているからです。社長の坪井俊輔は連続起業家で、最初は子ども向けに宇宙関連の教育事業を行っていました。アフリカの小学校でいくら宇宙の授業をしても、卒業すれば多くの子どもたちが労働力として農地で酷使されている現実を知り、例えば宇宙に携わりたいという夢があっても実現できないことに気づいたのです。そこで、まずは衛星技術を使って新興国で農家の収入を向上させることが重要だと思い、サグリを起業しました。

埜口 農家の課題解決を起点にしたスタートアップなんですね。坂本さんご自身はどのような想いでサグリに参加されたのでしょうか。

坂本 学生の頃から途上国の経済発展に興味があり、WFP(国連世界食糧計画)やJICA(国際協力機構)でキャリアを歩んできました。国連や政府組織は政策や資金面で大きなインパクトを持っていますが、貧富の差の大幅な解消には技術的なイノベーションが必要だと実感し、衛星解析技術を持つサグリに入りました。農家の収入を上げて格差を是正することをミッションとして、今はASEANの事業開発、海外全域のビジネスモデル・組織開発を担当しています。

プロダクトありきではなく、ローカルの課題を出発点にする

埜口 スタートアップが海外市場で価値を提供するためには、壁を乗り越える必要があります。これは通用しないなと思うケースはありますか。

坂本 ありがちな失敗は、日本で成功したから、それをコピーして持っていくこと。どの産業でもうまくいかないと思います。

埜口 確かに、コピペ・スタイルではなく、ローカルの課題から出発することは重要ですよね。たとえば、丸紅はインドネシアで子供の発育不良が多いことを出発点に、日本の知見を活かして母子手帳アプリを立ち上げ数千万人のユーザー数を獲得しました。その後、事業を現地のオンライン医療PFサービスに統合し拡大を図っています。

坂本 プロダクトを一気に持ち込むのではなく、課題が似ているか似ていないか、どこを変えるかを丁寧に検討する。これは基本ですが、疎かになりがちかもしれません。

埜口 製造業に比べて、日本のIT企業は海外で強くないという話も聞きます。特にコンシューマーアプリは、大量の資金を投下して、プロダクトを磨き上げて顧客やパートナーを獲得し、顧客の体験価値を高めていくので、一般的に資金力の勝負になります。日本企業は思い切った資金投下に踏み切れず、グローバル市場でそのような戦いに参加するのが厳しい場合が多いです。それよりも、ローカルの具体的な課題から出発して、深く狭く課題解決する領域のほうが望みはあるかなと。先ほどの母子手帳アプリが拡大しているのは、技術力よりも、ローカル医療問題に正面から取り組んだからだと考えています。
他方、私がシンガポールに来て驚いたのが、DON DON DONKI(ドン・キホーテ)やスシロー、ダイソーなど日本の外食や小売企業の存在感がローカルの消費者の暮らしに根付いていることです。これらの企業は、焼き芋や総菜などの中食文化や回転寿司という新たな食体験を創出しています。そしてその裏側には、セントラルキッチンやコールドチェーンなどのオペレーションを丁寧に構築する努力があります。

坂本 海外で見かける日系外食企業は、以前は高価格帯が中心でしたが、今は低中価格帯でも質の良いものを出すチェーン店が次々と海外展開をしています。食の分野などでは、そういうモデルが日本企業の得意な分野なのかもしれません。

埜口 今お話した事例はB2C事業ですが、B2Bにおける海外市場での戦い方はどのようなものになるのでしょうか。たとえば、サグリさんのビジネスモデルは、衛星データを使ってインサイトを出し、それをカーボンクレジットと結びつけて価値に変えています。

坂本 データ解析とモデルからインサイトの抽出を強みにしたいと思っています。アジアには自国で多くの衛星を打ち上げている国が少ないので、日本の衛星分野の知見は優位性につながります。

埜口 気候や土壌など、ローカルの農家特有の課題に対してカスタマイズしたソリューションを提供するところも強みになりそうですが。

坂本 ローカルのニーズの把握に努めていますが、やはりローカルの競合会社と比べると、顧客理解はなかなか優位性になりません。特に資金力が限られているスタートアップはイノベーションとなる技術がないと、海外で勝負するのは厳しいと思います。ローカルのインサイトをしっかり入れながら、技術面で優位性を保つことが重要だなと。

現地コミュニティへのルートを切り拓いた上で、個人として信頼を獲得する

埜口 新興国に進出するスタートアップが直面する課題は、ほかにもありますか。

坂本 たくさんありますが、2つに絞ると、1つめは信憑性の低さです。特にスタートアップが新しいマーケットに入るときには、顧客に認知もされていないので、大使館、JETRO(日本貿易振興機構)、JICAなどに紹介してもらって、箔を付けることが重要です。
2つめは、人材確保です。最近では、日本の会社であることに魅力を感じる優秀な層は少なくなっています。日本企業である点を打ち出すだけではなく、事業内容への共感も大切にしていきたいです。サグリはインド支社にも開発拠点があり、機械学習やAIやモデリングに興味を持つエンジニアも採用しています。一方でインパクト・スタートアップとして、新興国の社会課題(農業)とビジネスの双方の知見があるローカル人材も探していますが、見つけるのはなかなか難しいですね。

埜口 ローカル人材の補強が必要なのは、対顧客や課題の解像度向上の部分でしょうか。

坂本 そうですね。ローカル人材の活用にはいくつかオプションがあって、自社で人材を採用する以外にも、ローカル企業を介した代理店販売モデルも可能かと思います。ただ、農家側の課題やインサイトの抽出などは自社にローカル人材がいないと、恐らくうまく回らないと思います。

埜口 スタートアップにとっては、1点目の「箔をつけること」も大事ですよね。IGPIとサグリさんとの連携においても、日本の政府機関が持つ財閥リーダーとのネットワークがあったおかげで、現地財閥の経営層との協業交渉ができました。

坂本 日本政府機関からの紹介がなければ最初の導入で振り向いてもらえないし、会えたとしても一般スタッフのレベルでは、意思決定権を持つ経営層まで稟議が到達しません。特に、財閥はトップダウンなので、いかに経営層と直接話ができるかが重要です。また、サグリの事業は相手国の農業省とのお墨付きがつくと、現地の大手農業企業との取引にもつながっていくので、日本政府の支援を使って相手国政府との関係性を構築していくことはとても有効です。

埜口 スタートアップというと、革新的なソリューションをブルドーザーのように展開し、既存事業者をディスラプト(破壊)するようなイメージがありますが、少なくともアジア市場×B2Bにおいてはそんなに簡単にはいかないですよね。政府のお墨付きを背景に既存事業者を味方につけてコミュニティに入っていくことで、信頼を獲得し、課題を吸い上げていくことは非常に重要です。特に農業などしがらみの多い業界ではその傾向が強いように感じます。

坂本 私も経済合理性よりも、伝統的な人と人との関係性で物事が動いていく印象を持っています。財閥の方には、最初からビジネスの話をしないことが大事です。1時間あるとして、45分は雑談し、最後の15分でビジネスの話をする。交渉のルールが全然違うと感じます。

埜口 IGPIがアジアの現地企業経営者とハイレベルな交渉を行う際にも、多くの場合、なるべく雑談から入り打ち解けて信頼されたと思ってから、タイミングを見計らって核心に迫るような進め方を取ることが多いです。

坂本 会議のアジェンダもきっちり決めないことが多く、進捗も読めなくて、3回会って何もなかったけれど、4回目に突然進んだりする。一般的なB2B事業で見られるような、認知して、共感を持って、比較検討し、最終契約に至るというモデルが綺麗にはあてはまらず、どのタイミングで相手側にスイッチが入ったのか、いまだに見えないことも多々あります。

埜口 セールスフォースのような確率論を用いた商談管理手法ではまったく通用しない世界ですよね。

坂本 私が人と会うときに気にしているのは、パワーポイントを使わないこと。パソコンを開いたり、印刷して資料を持って行くこともしません。そういうツールを介在させずに、人と人が向き合うほうがいいなと。それから、主語はできるだけ会社ではなく、「私」にしています。トップ層ではない相手から「これはできない」と言われた場合に、「君ができないのか、会社ができないのか」と確認すると、けっこう本音を言ってくれます。東南アジアはトップダウンなので、一緒に上司の説得方法などを考えることもできます。

埜口 一方で、同じ財閥でも次世代の30~40代のリーダー層は欧米で教育を受けた人が多く、そのような方はアジェンダとゴールの設定をしっかり行うスタイルだという印象があります。欧米の大学を出た財閥3世/4世がスタートアップを創業するパターンも増えていますし、今後は現地企業の商談スタイルも変わるかもしれませんね。

グローバル組織に脱皮するポイント

埜口 グローバルの組織作りはどのタイミングから始めればいいと思いますか。

坂本 今はグローバル採用も含めて組織作りをしていますが、日系スタートアップによくあるとおり、社内ドキュメントが日本語だったり、社内に英語のできない方もいたりと課題もあります。

埜口 グローバルな組織構築ではグローバル人材の採用やローコンテクストなコミュニケーション(文化が異なる人にも伝わるような明快な伝え方)ルールの形成も重要ですが、IGPIとしては、見落とされがちなポイントとして、株主構成が極めて重要だと考えています。特に、議決権を持つ株主がグローバル展開に乗り気でなかったり、英語でのやりとりについていけなかったりする場合、株主の意向が海外展開に対する重力として作用する可能性があります。その意味では、海外展開にあたって国内VCだけでなく、グローバルVCからの出資の受入れを検討することも選択肢の1つだと思います。

坂本 これまで従業員のグローバル化に目を向けて、取締役やVCの活用はあまり考えてきませんでした。経営層にグローバル人材が入ると、全体のカルチャーをつくるうえでも良さそうですね。

埜口 最後に、サグリや坂本さんは今後どんなことにチャレンジしたいですか。

坂本 ASEANを含めた新興国における事業をスケールさせて、サグリが「新興国事業をメインの収入源とし、上場まで達成したインパクト・スタートアップ」のモデルケースになればと思っています。それが達成できたら、「新興国事業で勝てるインパクト・スタートアップ」が連鎖的に発生するようなスタートアップ・エコシステムの構築に貢献できればと思っています。埜口さんはいかがですか。

埜口 今日のお話の通り、特にアジアで大きな課題を解決するためには、ビッグピクチャー(全体構想)を描きつつも、既存プレーヤーとしっかり連携して地道に実装していく必要があると思います。ゆくゆくは、IGPIがみちのりホールディングスで行っているように、出資による影響力を活用しながら、既存事業者をコーディネートして業界をトランスフォーム(変革)するようなモデルをアジアで実装することを構想しています。

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