IGPI’s Talk

#15 中西 章×村岡 隆史 対談

「120年目のベンチャー」として、技術を磨き続けイノベーションに挑む

新日本工機は120年の歴史を持ち、世界有数の技術力を誇る工作機械メーカーです。数年前に経営支援をしたことがきっかけで、2020年4月に同社の社長に就任したIGPI出身の中西章氏とIGPIの村岡が日本企業のモノづくりやキャリア開発について対談しました。

短期的な処方箋では、硬直化した組織は変わらない

村岡 IGPIのアルムナイは様々な場で活躍していますが、なかでも中西さんのキャリアは異色です。メーカーでモノづくりの現場を経験した後にIGPIでコンサルタントとなり、新日本工機の資本政策を通じた成長のための企業変革を支援。その後、38歳で同社の社長に就任し、再成長フェーズを牽引してきました。日本を代表する老舗工作機械メーカーである新日本工機の経営に、実際に参画した際の印象は如何でしたか。

中西 最初に感じたのは、120年の歴史を経て硬直化していたことです。社内の仕組みも、お客様との関係も、新しいものを生み出すよりも、序列の上を見て仕事をしている。出世ルートも決まっていて、個性派がはじき出されていました。1年目は、私自身がそれに気づかず、一部の人の声だけを聞いて、フレームワークやあるべき姿を押しつけていました。固定費削減などわかりやすい表面的な部分の効果は出たのですが、その先がしっくりこない。特に、モノづくりや人づくりの面は変わらなかったというのが実感です。

村岡 組織がサイロ化して硬直的になることは、日本企業、特に一定以上の規模の組織では共通の風景です。ただ、120年の歴史がある企業に外部から来た人間として経営することには文化の壁が大きいことは事実。一方で、しがらみがなく、組織の壁を壊せるチャンスもあり、会社の相対的な強みも捉えられる。外部の視点が活かせる機会のほうが多かったのではないでしょうか。

中西 そうですね。2年目以降は、海外も含めてお客様先の現場、自社工場の現場で、会話をすることに力を入れました。外部の資本が入って再建する状況を経験し、社内の人々は自信を喪失しているように感じました。背景には、自動車や航空機など世界トップ企業のお客様から怒られてばかりという感覚に陥ってしまっていたことがあると思います。しかし、技術陣からその内実を聞くと、非常にレベルの高いことに取り組んでいることが分かりました。世界トップクラスのお客様たちからの厳しい要求が日常となり、その凄さを実感できていなかったのです。

 そこで、自分たちの技術を言語化して価値として伝えられるように多くのプレゼン資料を私自身が作りました。その資料を見て社員たちはその凄さに気付き、また、お客様からも「そんなことが出来るなら早く紹介してくれれば良かったのに」という声が出てきました。そうしたお客様に工場に来てもらい、現場の班長にも説明してもらい、その凄さを実感してもらう。後で、お客様に褒められたことをフィードバックするうちに、みんな少しずつ自信を持つようになりました。

村岡 お客様から怒られると、自分たちの技術やサービスが足りていない、ダメだと、自己否定サイクルに入ってしまいがちですが、怒ってくれるのは、それだけ改善力に期待されているから。それに気づいて、現場の人たちのマインドセットを変え、レベルを高めていったのですね。

顧客の要望に応え続けることで、磨かれた技術力

中西 よく、モノづくりかコトづくりかという議論がありますが、当社はやはりモノづくりの企業です。ただ、その強みを言語化して、お客様に説明するステップが抜けていました。トップ企業ならまだしも、中堅中小企業になると新しい技術を自分たちがどのように使いこなせるのかわかりません。そこで、お客様のモノづくりを理解した上で、一人一人のお客様の視点で説明しながら少しずつ導入してもらうプロセスを営業と共に取り組むことでお客様の評価も変わってきますし、営業のスキルアップにも繋がっています。特別に新しくつくった技術やソリューションがあるわけではなく、すべて社内にあったものをお客様のモノづくりを改善するために使いこなしているという感覚です。

村岡 本来の強みを活かせないという課題は、日本のあちこちで見られます。たとえば、大学の研究室には、世界に冠たる技術があるけれど、言語化して説明できないので社会実装されない。ローカルには唯一無二の財産や文化があり、他地域他文化の人にとって価値はあっても、言語化、サービス化して価値転換を図れずにいる。IGPIではローカル企業や研究室向けにも数多く支援してきましたが、新日本工機の取組みからも学べることは多いと思います。

中西 歴史のある会社には、絶対に何らかの財産があります。コンサルなど外から来た人間の性として、どうしてもダメな部分を見つけようとしますが、いかに強みや凄さを発掘して活かせるかが大切だとわかりました。

村岡 新日本工機の技術には、具体的にはどのような唯一無二性があるのでしょうか。

中西 代表的なのは自動車のプレス金型用の加工機です。プレス金型は上下の凹型と凸型の2型で1セットになります。例えば、自動車のサイドボディの金型は長さ4メートル、幅2メートルと大きいのですが、その凹型と凸型面がぴったりと合うようにそれぞれを加工しないといけません。そこで要求される精度は10μm。髪の毛の太さが50~100μmなので、その5分の1から10分の1の精度で4メートル以上ある鉄の塊を加工しないといけません。それも速く。このサイズの金型になると100時間以上かけて加工します。加工速度が少しでも遅くなれば、生産性が下がり、自動車づくりのコストを悪化させるので非常にシビアです。しかし、加工速度を上げると、加工精度が悪くなります。この相反する要求を達成するために必要な機械剛性と機械を動かす制御を実現できるのが新日本工機の技術です。日本の自動車の多くは、新日本工機の機械で削られた金型でつくられています。世界最高峰の金型加工機と言っても過言ではないと思っています。

 それから、工作機械メーカーは通常、定められた性能で動く機械を納入すれば、役割を果したことになりますが、私たちはそこで終わらせず、納入後もお客様の現場に足を運び、その現場での悩み事ややりたいことを一緒に考え、それを実現するための技術開発を行い、次の機械に反映させるということを繰り返してきました。金型加工の場合、新しい形状のボディの金型を加工した際に「加工面が少し悪い」と聞けばプログラムや加工データを解析して改善策を探る、ということをします。これを自動車だけでなく、航空機、造船、建設機械、半導体など、様々なお客様の現場で続けてきています。こうした動きができる工作機械メーカーは世界を見渡してもあまりないと思います。


リニアモーター駆動を採用した最新の金型加工機DC-L

村岡 そこは我々のビジネスにも共通する部分です。ヒアリングして戦略計画を策定して終わるだけでは、そのソリューションが本当にうまくいくのか、どこに問題があるのかがわかりません。そこでIGPIでは、実行フェーズも含めて長い時間軸でお客様と関わり、ソリューションを調整しながら一緒に取り組んできました。さらに、自分たちでも事業を手掛けているので、そこで学んだことをコンサルティングに活かしてきました。長い時間軸で、失敗を糧にしながら、スピーディーかつ精度高く、新しいソリューションに活かしていくことが重要ですね。

「実力主義の終身雇用」で強い組織をつくる

中西 長い時間軸でという点で、IGPIはみなさんの勤続年数が長いのも特徴ですよね。今、私は新日本工機で人材育成を最重要課題として取り組んでいて、最近よく話すのが「実力主義の終身雇用」ということです。

 新日本工機が扱う大型工作機械は大手メーカーでも機械を買うのは10年に1回ということがよくあります。10年前の図面やデザインレビューの記録が残っていても、設計者が自分の頭の中で試行錯誤した記録は残っていません。その設計者がいなければ10年振りの機械はゼロから設計を始めることになり、コスト面で現実的な数字になりません。成功や失敗を経験しないと伝承できない技術や技能というものは多くあり、その経験という伝承の機会をより多く作ることが私たちのビジネスの肝になります。その意味で、終身雇用にこだわって人材を育成したいと考えています。

 一方で、そうすると年功序列になりがちです。そこは適材適所で、1人1人の個性を生かして活躍できるポジションづくりを行う。その結果、60代の部課長に混じって、33歳の課長や38歳の部長も誕生しています。

村岡 人材の多様性は高め、かつ、組織全体の若返りを図らないといけない。ただ一方で、経験豊かな人たちの技術力、技術承継も必要です。さらに、人生100年時代の中でのキャリア設計が1人1人に問われる中で、年齢に関係なく、技術のある人が安心安全に生きがいをもって働ける職場をつくることが、日本企業に求められます。「実力主義の終身雇用」という言葉は、ぜひ流行らせたいですね。

中西 若い部課長にはそれなりの気苦労があるようですが、私がずっと実践してきたことが2つあります。1つは、お客様目線でずっと仕事しようと言い続けること。もう1つは、経営数字を公開することです。会社の損益と、それに紐づく設計ミス、不良率などが金額でどれだけ損失に繋がるかを明らかにしました。すると、1人1人が自分のためよりも、お客様にいいものを提供しよう、会社として利益を出すために何をすべきかと、発想が少しずつ変わっていきました。今は出世競争や年齢ギャップも気にせず、チームで仕事できる方向になっています。

村岡 製品寿命の長い工作機械は、社会全体のサステナビリティという考え方とフィットする業態ですが、その一方で、サステナビリティを重視すると、うまく稼げない場合もあります。稼ぐ力とのバランスはどのように考えていますか。

中西 稼ぐ力は結果論だと思っています。まずは、ちゃんとした価値を提供して、お客様に評価され、その対価をいただくという基本を徹底する。それから、現場の1人1人の仕事と経営数字との繋がりがわかるように公開するまでが、私のやることだと。

 実は、1年目に私がつくったKPIはまったく浸透しなかったので、3~4年目に、財務部長を中心に各部門でそれぞれKPIを考えてもらいました。経営と現場が繋がった、血の通ったKPIが設定されたことで、1つ1つの指標をよくすれば、結果として経営数字が良くなる状況になっています。

村岡 多くの日本企業では、モノづくりからサービス化へのトランスフォーメーションがうまくいかないことも課題となっています。新日本工機は、納入後も顧客と関係を持ち続けて、サービス化も実現しているように見えますが。

中西 世の中で言われるサービス化は、どちらかというと、B2Cの世界の話ですが、B2Bの世界、特に生産財では、しっかりした品質のものを安くつくれることが根源にあり、年間保守契約、リモートメンテナンスで課金しようとしても、お金を払ってくれるお客様はほとんどいないというのが実感値です。

 私たちは、機械納入後もお客様のモノづくりの改善を一緒に取り組んでいますが、それでお金はいただけていません。それはマーケティングコストだと考えています。つまり、世界トップのお客様とモノづくりの課題を共有し、一緒に考えて、私たちの機械をランクアップさせる。それを多様な業界のお客様と積み重ねることが、稼ぐ力になる。コトづくり、サービス化を目的化しないことが大切です。

村岡 そこは事業の性格も関係しそうですね。自動車、飛行機など安全が一番重要な業界の中では、モノづくりの精度が圧倒的に重要であり、それは普遍的に変わりません。新日本工機はそういう前提でサービスを行いながら、モノづくりにこだわり、それを可能にする組織や企業文化をつくってきた。それが120年目のベンチャーが実践してきたことだと思います。

モノづくりとコンサルティングの相乗効果を追求

村岡 中西さんはモノづくりとコンサルティングを経験したうえで、製造業のトップとして経営に携わるという興味深い経歴をお持ちですが、どのようにキャリア開発を考えてきましたか。

中西 学生時代から日本のモノづくりを強くしたいと思っていました。ただ、現場を知らないと、モノづくりは語れないので、3年間だけと期限を決めて、横浜ゴムでモノづくりの現場を経験しました。その後の10年間はコンサルタントとして、経営の基本動作、うまくいった事例やうまくいかない事例を多数学びました。特にIGPIで、企業再生でリストラなど経営のリアルなつらさも学んだことは、自分の中では大きな経験知になったと思います。

 その一方で、新日本工機に入ってみて、コンサルティングの手法は短期的な処方箋になっても、それだけでは中長期の価値づくりができないことを痛感しています。そこで私が力を入れたのが、顧客企業の現場に行くこと。世界中のお客様の現場、おそらく1000工場位は回っていると思います。それくらいの数を回って、話を聞いてようやく、自分たちの強みがわかってきました。

 経営手法は一通り理解しているつもりなので、現在は、いつどのような経営手法を使うと、社内のメンバーがそれぞれ解釈してアレンジできるのかを、少し余裕をもって見守れるようになりました。そこは私の中で成長したところだと思います。

村岡 圧倒的な量があって質への転化が起こるのは、確かに一面の真実です。最後に、日本のモノづくりを向上させたいと考えている若者にエールをお願いします。

中西 新日本工機の現場で感じることは、日本の現場でしかつくることのできないモノが世界にはあり、それが社会をつくり、支えているということです。モノがつくられている現場、そのモノが使われている現場、そうした現場にとことん入り込んでいけば、日本のモノづくりをどう強くしていくかのヒントが見えてきます。現場が答えを教えてくれます。

 私自身、横浜ゴムでの現場実習や現場の職長さんとの会話がすべての原点となっています。現場では私が自分自身では出来ないモノづくりをしてくれています。そこにある凄さや問題を真摯に理解していくことが様々な判断をするための基準となっていきます。だからこそ、すべての現場に足を運び、自分の目で見て話を聞く、ということを大切にしています。

村岡 現場に価値や答えがあり、そこから答えを引っ張り出せるか。さらに、現場の人が持っている答えを自律的により良く変えていけるように、仕組み自体を変えるのが経営の仕事ですね。今後のさらなる活躍を期待しています。

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