IGPI’s Talk

#5 JBIC 前田匡史×IGPI 村岡隆史 対談

日本には現代のNinja(忍者)が必要だ ―政府系金融機関と民間ファームが共創する理由とは?

国際協力銀行(JBIC)とIGPIは、株式会社JBIC IG Partnersを共同で設立し、北欧・バルト地域のスタートアップを対象としたNordicNinja VCなどを基盤に世界で新たな価値創造に取り組んできました。両社が組んだ狙いと目指すものについて、JBIC総裁の前田匡史氏とIGPI代表の村岡が対談しました。

日本社会全体が、時代の流れに立ち遅れているという危機感

村岡 政府系金融機関であるJBICが民間企業と共同で会社を設立したのは、JBIC IGが初めてだと伺っています。なぜそうした組織が必要だと考えたのでしょうか。

前田 日本社会の仕組みが戦後からほとんど変わっていないことへの問題意識が出発点となりました。JBICの前身である日本輸出入銀行は昭和25年に設立されましたが、その頃から世界情勢は様変わりしているのに、日本企業のビジネスのやり方に大きな変化は見られません。今の日本の置かれている状況を客観的に捉え、本当にやるべきことを見極めた上で、道具立てをするということができていないのです。この構図は日本社会全体にも当てはまります。戦後の高度経済成長期に、日本は世界第2位のGDPを誇る経済大国へと急成長しましたが、その後は長く低成長が続いています。根本的な原因として、民主主義や自由主義経済は、日本人が価値を見出して勝ち取ったものではないという歴史的背景と、過去の成功体験及び既成概念にとらわれていることがあります。現状のままでも優位にあると思っているため、組織や制度が劣化していても、なかなか変革を起こそうとしない。そのことに歯がゆさを感じ、より柔軟に、スピード感をもって事業に取り組める体制を整えていく必要があると考えました。

村岡 とはいえ、前例のないため、ご苦労があったでしょうね。

前田 JBICの業務は法律で細かく規定されており、その活動領域には多くの制約があります。JBIC本体ではやり難いことに取り組み、効果を最大限にあげるために私が見つけたオルタナティブ(代替案)が、子会社をつくって民間企業と組むことでした。実現にあたっては、国内外のネットワークを活用し、多くの方々にお力添えいただきました。

村岡 これまで日本の銀行はデットファイナンス(融資)が中心でしたが、それをメインに戦う時代はもう終わったと私は考えています。

 たとえば最近、日立製作所がアメリカのデジタル・トランスフォーメーション(DX)会社である米グローバルロジック社を1兆円で買収することを発表しましたが、おそらくその資金は従来型の銀行からの買収ファイナンスでは手当できないはずです。有形資産から無形資産へ、リアルな世界からデジタルやサイバー空間へと価値が移行する中で、JBICも IGPIも変化に対応してそれぞれの武器を進化させないといけません。

 反省を込めて言うと、日本の金融、商社、コンサルティング会社は、昭和の時代にモノづくり企業にコバンザメのようにくっついてグローバルに進出しました。今、モノづくりがリアルとデジタル、サイバーが融合した空間に環境が変化する中で苦戦している。今度は金融やコンサルティングが彼らを引っ張る立場に変わらないと、この国は回りません。私たちは先駆者としてその役割を担う使命があると思うのです。

前田 新しいものを生み出すためにはスタートアップ企業の育成も重要ですが、現在の金融業界では基本的にキャッシュフローがない企業には融資できないため、スタートアップ企業を育てる土壌がありません。そこである程度、プライベートエクイティのようなファンドが必要になります。

 日本には、リスクを取って育てるベンチャーキャピタルがまだまだ少なく、あっても投資ラウンドの初期フェーズがほとんどで、成長フェーズは稀です。また、スタートアップ側も新規株式公開(IPO)をするとほっとしてしまう傾向にあります。そのため、東証マザーズもアメリカのナスダックも上場基準は変わらないのに、その後の成長率を見ると、歴然とした差がつくのです。東証マザーズ最大のメルカリでも、時価総額は4000億くらいで、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)とは比べものになりません。

 しかし、だからといって日本企業による新たなビジネスの創出や成長は見込めない、ということではありません。たとえば日本の製造業の中にも、ガバナンスを変えて経営改革を行った結果、大きく変わったところがあります。支援する側もされる側も、時代の変化に応じて変化していくことが求められていると思います。

市場のトレンドをつくって、新しい価値観を牽引する

村岡 JBICが今後、重視していく領域はどう考えていますか。

前田 最大の課題は脱炭素だと考えています。これは、世界でも唯一強みを残す日本の自動車業界においても重要な課題です。よく、電気自動車(EV)か燃料電池車(FCV)かという議論がなされていますが、少なくとも普通の乗用車についてはEVの普及が前進しています。FCVについては、大型トラックやバスはいいとしても、普通の乗用車には燃料電池のコストが高いところが課題です

 CO2排出量を見ると、EV用電池の製造過程でCO2が発生するので、高効率エンジンを活用するトヨタの技術力をもってすれば、ハイブリット車のほうが全体の排出量は少なくなります。それならば、国際的にルール化しないといけません。これはトヨタではなく、政府の役割です。内燃機関とは違い、EV用モーターは誰でもつくれることはわかっているのに、次の対策ができていない。昨今のワクチンの対応などでも同じ状況が見られました。今、世界で何が起こっているかという生の情報にアクセスして、客観的な事実を正しく知ることができない限り、対応は後手後手になります。

村岡 欧州はルールづくりがうまいですよね。サステナブル・ファイナンスのルールづくりも欧州中心で、そこに日本人が入っていないのは残念です。

前田 課題に取り組む陣立てができていないことが問題だと思います。私たちが今試みているのは、市場のトレンドを自らつくることです。そしてトレンドをつくるのは通常、年金基金やソブリン・ウエルス・ファンドなど巨額の資産を持つアセットオーナーです。

 たとえば、私は2019年秋にニューヨークで大手資産運用会社の幹部に会ったのですが、その際彼らは、「再生可能エネルギーに舵を切って、化石燃料には投資しない」「再生可能エネルギーはこれまで北米と欧州だけだったが、これからは新興国が手掛けるようになる」、とはっきり言っていました。そして実際に、そのとおりになっています。

 それまで資産運用会社は、特にグリーンなファンドではありませんでしたが、そういう方針を明確に打ち出したことで、イメージががらりと変わりました。私たちもそういう取り組みをしていかなくてはならないと思っています。一例として、私たちはフィジーの電力会社に出資を行いました。脱炭素社会の実現に向け、ポテンシャルのある電力会社を支援することにより、フィジーにおける水力や太陽光等の再生可能エネルギーの拡大に資する新たな電力関連ビジネスを後押しするものです。

共創で化学反応を起こし、思考の殻を破る

村岡 日本企業が先手を打って新しいことを仕掛けられない背景には、失敗を恐れてリスクをとれない側面もあるのかもしれませんね。

前田 我々が過去に出資したプロジェクトにおいて、マーケットが急速に自由化され、どうしても設備が過剰になり、全プレイヤーが苦境に立たされるという経験をしました。これは良いレッスンとなりました。

 このような経験を通して、業界にどう対応するかがわかることも多いので、我々は単にデットをエクイティに変えるのではなく、マーケットの実態を見て判断し、どうすればリターンが得られるかという目利きをすることが大切だと思っています。

村岡 エクイティの力を考えたときに、日立の例で買収した企業の成り立ちを見ると、十数年前はベンチャーでした。そこにベンチャーキャピタル(VC)のセコイア・キャピタルが投資し、その後ゴールドマン・サックスを経て、エイパックスというプライベートエクイティ(PE)ファンドが100%で買収。投資したプレイヤーが適切にガバナンスして事業を育てて、次にまた別のファンドが買ってさらに大きくする。そして、最終的に1兆円で日立が買収することになったのです。

 ファンドは単に資金を出すのではなく、目利きの力とガバナンスを効かせて、バリューアップする。それで初めて、脱炭素でも、DXでも価値を生み出せるのです。その役割こそ、JBIC、IGPI、あるいはJBIC IGが果たさないといけませんね。

前田 まさに同感で、そこは誰もやってこなかったところです。我々はこれまで、リミテッド・パートナー(LP)として投資をしましたが、管理や運用をしないので、学べることは多くありませんでした。GPとして投資して、意思決定を行い、バリューアップするところまで手掛けないと、学びを得られません。そのために、子会社をつくったのです。ファンドレイズをする大変さを経験するとともに、そこでスタッフが化学反応を起こして、新たな能力を身につけることも期待しています。

 エクイティ・ファイナンスでは当然、エグジット戦略を考えます。その際に、みんな判で押したようにプットオプション(発行者に株式を売却する権利)付きの優先株式で、という話をします。それは確かに1つの回収方法ですが、それでは従来の発想とあまり変わらない。それよりもまず、よりバリューアップさせて、IPOをメインストーリーにしてみよう。それもマザーズではなくナスダックで、と指示したら、皆仰け反っていました。

 従来と違う考え方ができる人材を育てるためにも、JBIC IGで経験を積むことは大変有意義だと考えています。それも、短期間でローテーションするのではなく、10年くらいでやるように、とプロジェクトリーダーにも言っています。

村岡 我々が考える時間軸も同じです。IGPIから送り出す人材には、今後NordicNinjaのセカンドファンドをつくり、地域も広げて、最後は日本も含めてグローバル・ナンバーワンになってほしいと伝えています。規模ではなく、唯一無二の価値とビジネスモデルを提供できるように目指してほしいですね。

個としてグローバルで闘えるプロフェッショナルを育てる場

村岡 今回の対談に臨むために、日経新聞「人間発見」に掲載された前田さんの記事を再読しました。そこで印象的だったのが「出すぎる杭」と「CIA(米中央情報局)のような人」というキーワードでした。これを私なりに解釈し直すと、現代の忍者(Ninja)だと思ったのです。昔と違って現代のNinjaは顔を見せて、どんどん前に出るけれども、最終的に戦略家かつ戦術家であり、物事をなし遂げて、志が高い。グローバルに通用するNinjaだな、と。

前田 私が出すぎているというよりも、あまりにも誰も出ていないのだと感じます。私たちがすべきことは単純で、ファクトを踏まえて、客観的に自分を見て、何ができていないのか、どんな強みがあるかを理解したうえで、やるべきことをやる。ところが、打たれることを恐れるあまり、変革を起こすようなことを誰もやりたがらないのです。

 私は入行1年目に、残業する人の弁当の注文取りをすることがありました。食事は自分で勝手にとればよいし、そもそも残業が当たり前というのがおかしいと思い、何度も辞めようと思いました。そんなときに、「出る杭は打たれるけれども、出すぎる杭は打たれない」とある先輩から言われたのです。それならばと、それ以降は自分の信念に沿って、組織を変えてきました。今、新しく入行してくる若い人々はきわめて優秀で、すぐにでも活躍できるはずなのですが、安定志向で、戦いを回避する傾向があります。若い人たちには、視野を日本から世界に広げて正しい情報を見極め、形にとらわれない柔軟な思考で、ぜひ色々なことに挑戦してもらいたいと思います。

村岡 私の問題意識は、この国では、前田さんのようにグローバルで個として戦えるプロフェッショナルがあまりにも少ないことです。IGPIはそういう人材を輩出できるプラットフォームを目指して14年前に発足しましたが、グローバルベースで考えると、まだまだ実現できていない。その点で、JBIC IGやNordicNinjaはグローバル・プロフェッショナルが育つ機会になると考えています。

 入口はJBICでもIGPIからでも構わないので、ぜひNinjaやJBIC IGに行ってもらい、グローバルベースで一流の経験をして、また日本に帰ってきてほしいと期待しています。IGPIとしてもさらにコミットメントを加速させますし、JBICさんともさらに共創できればと思っています。

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